アリンコの疾走
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夕焼けの中 焼けたアスファルト タイヤで踏んづけながら
車で国道から逸れて旧国鉄の遊休地のある細々とした住宅街に
入ってみた
JRの駅を左目に見ながら走って行くと 沢山の人並と 駅に向か
うその人並みを削るように細い道を 国道へ出ようとする 何台もの車
とすれ違った
乾いた喉を潤すためコンビニに寄る 微糖の缶コーヒーを買った
駐車している車にもたれて缶コーヒーの栓を外し 一気に飲み干
た
今日の朝食の時 母親が呟いた「あんたもとうとう 30を過ぎてし
もたなあ」
「だからゆうたやろう 25を超えた時 30なんかすぐやって」
当時 お袋の我が子に 対する感心の無さに呆れていた
只 お袋を恨んだり 蔑んだり といったネガティブな感情はなかった
母親には母親の人生があり 悩みもあり 苦しみもあった
それが子育てに影響してしまうのは 致し方ないのではないか
そこで親としての単なる責任論に発展してしまう もちろん責任が無
いとは言わない
よほどのことでないと 親に責任云々といったもの 逆に親子関係と
いったものを無意味なものとしてしまうのではと 考えたことがあった
だが文字道理これが このまま旨くやれれば何にも心配はいらない
出来過ぎである 本当にお前は何のこだわりもなくこれをやり通せ
たのか?もっともな弁である
そこでまた同じことの繰り返しである 種々雑多な議論の繰り返しであ
る
それとも違った種の話が出てくるのだろうか わからない 只 親への
要らぬ期待だけでも減っていれば万歳といったところか 要る要らぬでもも
めそうではあるが この話の類はこれからいくらでも出てくる
コンビニの駐車場で一缶のコーヒで思考する程のことでもなかろう
旧国鉄の遊休地がコンビニのすぐ裏手にある
青いフェンスに囲まれた千四五百人の住む仮設住宅がある
多くの人々が住む故に千四五百の物語があったはずである そのフェ
ンスの外側を通勤・・・通学・・・買い物客・・・が何も存在していないかのように
通り過ぎてゆく 冷たい視線を投げかけるわけでは決してない 行き過ぎていく
人々に暖かさが無い訳でもないだろう 只 存在していないかのようにフェンス
だけが何かを知っているようであった
「にいちゃん 何しとん こんなとこで」 中学生である キョトンとした目で不
思議そうにわたしに問いかける
彼に問いかける
「学校は?」
「終わった」
「家には帰らへんの?」
「ここやもん」
ふうっとちいさな風が舞った
風がわたしの髪をなぜた
フェンスの中とわたしの間に接点ができた
うつむき加減だった自らの顔を 若干上げてみる 初めて仮設の建物の一群を
真正面からみた
今までとは違った景色がそこには広がっていた 白黒写真からカラー写真に眼球
にはめ込まれていたフィルムが入れ替わったような印象だった
接点が出来たと言ってもだからといって気楽に足を踏み入れられるものではなか
った
「そうかここか」
「そやで」
「帰るわな ほなな」
「ああ」
バックミラーに写る彼の後ろ姿に背負う物があるのか無いのか・・・考えすぎか・・・・
「基 桂子からね 毎年恒例の年末の贈答品が届いてるで!」
「あそう」
「あんたの方からお礼の電話いれといてな」
「お袋 不精も過ぎるで オネイの声くらいたまには聞いてやれつうの」
「お願い!」 母親は拝みポーズである いつもこういう時だけわたしは仏さまになる
何が嫌なのかさっぱりわからない
姉は東京の商社に務めて一人暮らしである 父親は五十の時に肝臓がんでこの世
を去った 父親の影を慕うのか姉は年末には必ず帰ってくる 出来過ぎた姉である 小
学校の時から文武両道 先生はびっくりして感心しきりだった わたしは真逆である 体育
はそれなりに出来たが残りの科目 テストは目も当てられない
義務教育は否定しない 最低限の知識 柔軟性のある思考回路は 必要であると考え
る 脳みその柔らかい内に作り上げておきたい それもわかる だが人によって伸びる時
期に違いがあるのも事実である 一定のある時期に大人の理解の範囲内によーいドンで
勉学に集中させるのは 如何なものかと思う 色んな入口出口が種々雑多に存在している
のも必要なのではないかとも考える 可能性に枠組みはいらない
勉学はツボにハマると面白い それは間違いないのだから子どもたちの頭を無理に
ハンマーでかち割って脳味噌をかき回すのは止めてもらいたい
姉は特別な人なのかも知れない 幼い時からいじめられた記憶もないし 強制的に勉
強を強要された記憶もない本当に不思議な人である 只 一緒に遊んだ記憶がない 姉は
一人が本当に好きだった わたしも物心ついた頃から それが姉の自然な姿なのだと思っ
ていた 家族もそういった姉の特性を咎めたり なじったりすることがなかった それが結果
論だが良かったのだと思う 人は本当に摩訶不思議な生き物だと正直思う 本当に
冬 深まり今年もあと 十日あまりである あれから仮設に隣接するコンビニへは何回か
行った フェンスの中へは 未だ足を踏み入れたことがない 足がやはり重くなる
仮設に入るきっかけになったのは ある少年・・小学三年生との出逢いが大きかっ
た ある時 この少年とコンビニで出くわした
「君 フェンスの中からでてったけど ここにおるんか?」 と言葉を放った瞬間
「近寄るな!」
と撃ちつけるような言葉が帰ってきた 正直 胸をえぐられた 痛みを伴った
反省した 理由も 何をかも 解らぬまま ただただ必死に反省した
言葉が足らなかった 初対面なのに馴れ馴れしかった 相手は子どもだと思って甘
く見てた 当てはまるのか はたまたこちらの検討違いなのか解らないが 猛省した
帰りの車の中で 運転しながら涙が止まらなかった この自分とは一体何様か
「基!」
「桂子から 三十日に帰ってくるって電話あったわ」
「お袋!それで何日までおるっ て?オネイ」
「正月二日くらいには東京に帰るんと違うんかなー」
「休む暇 あんまりあらへんなー いろいろ聞きたいことあんねんけどなー」
「基、一人にさしといたり 仕事の疲れもとりたいやろし 解ったかー」
「しゃーないな わかったわ」
あの小学生のことが頭から離れない あの一言で傷ついていた 「弱いな」自らの脆さ
にも呆れていた
震災がおきて地元に仮設住宅が出来たと聞いて あまり気になっていなかった 行
くんだろうなと自然に思っていた 使命感や義務感 興味本位はもちろんそんなもんは
さらさら無かった ボランティア登録したり つてを頼ったりとゆうことも考えてはいな
かった「行こ」という気持ちだけだった それだけにあの子の一言は自分を試されて
いるようで胸に答えた
「行こ」
ダウンジャケットはおり車に乗り込んだ 六時過ぎだが外は真っ暗である国道を車でニ
十分 夕飯時だ誰もいないだろう と思ったらいるいる コンビニに仮設に住んでいると
思われる子らが六、七人はいた 車を降りて最初に出逢った中学生の子がいた 声を
かけると 「何を緊張しとんねん にいちゃん」 肩を揉まれた
「緊張?」 虚勢を張った 見事に見破られた 「アホなことぬかすな」輪にかけて
虚勢である
「いつもみんなでここでたむろしとんか?」
「いいや」
「公園が多いいな」
「な!みんな」
「仮設の敷地の中に 小さい公園があるんよ」
「だいたい そこに居るな」
「そうか」すねたり ひねくれたりしてる子はそこにはいなかった
「何しに来たん?」
「ええねん ええねん またくるわ ほいたらな 早くこんだけ暗いんやさかい帰りや」
と言いかけてやめた 仮設が居心地よかったら ここでたむろしているわけはない
「ええねん ええねん またくるわ ほいたらな」
助手席の窓からみえる仮設の一群は静かだった 聞こえてくる音らしきものはない
唯一仮設の敷地をなぞるように走るJRの電車の音ぐらいだ 脇を歩く人々は寡黙で
静かだ 国道へと抜けた このまま今日は家に帰ろうと思った
「ただいまー」
「おかえり 随分 と早いねどこへ行っとったん」
「別に 車に乗ってちょこっとそこら辺を走ってただけや」
「あ そう」
考え事をしていた あの群れの中に「近寄るな」と言葉を投げつけてきた子がいなかった
何故か情が移っていて心配になってきた
次の土曜日午後三時頃コンビニに行ってみた 誰もいない 公園の話を思い出し
仮設の敷地内を覗いてみた そしたらいるいる十人程の子どもたちが遊んでいるみたい
だ
思い切ってフェンスの中に足を踏み入れてみた ゆっくりと公園に向けて歩みだした 仮
設 そんな中の住人の人々 何か特別なものとして視線を向けてはいなかったか 自省
の念も込めて思うのである
「オーあの兄ちゃんが来た」 あの中学生がからかい半分に言った
「オー」 「オー」 「オー」 色んな子どもたちから言われた
何か知らんが歓迎されてる 半分冗談かもしらんが 正直嬉しい
すぐに受け入れてくれた そこがチョット気になった 本当は素直に喜んで良いの
かも知れない
ジャングルジム 鉄棒 シーソー ブランコ 砂場 そしてこの小さな公園も緑のフェ
ンスで囲まれていた それは当たり前なのだけど 自分たちのテリトリーである よそ者
が来て警戒もせず一瞬でとも言っていいくらいの速さでうけいれてくれた そこにびっくり
した
「兄ちゃん どっから来よん」 例の中学生が聞いてきた
「車でニ十分ぐらいのとこかな みんなはいつもここで遊びよん」
「大体な」もう一人の中学生が答えた
「あと、クレパスって表札、かかっとった あれほら あそこにあるやろ」
「あああれか、八畳位のプレハブ小屋みたいな建物か」
「そうそう あそこにも学校から帰ってきたらよく行く」
敷地の隅っこにちょこんと建っていた あと交番 に市役所の出張所があった
集会所のような大き目な行事ができる建物もあった
子どもたちはみんな元気だが 表には見せない心の傷をかかえてる 子も何人か
いる 心の傷を負った子どもたちの内面をいじってどうにかしてあげよう ということはしな
かった 自分のような人間にできることじゃない 彼らは強い もちろん全員ではないが傷
を負っていても 自分の足で立つんだという子もいた 自らが傷を負っているんだというこ
とに気づいていない子もいたが 祈るような気持ちで見守っていた
ということがあって週二回ほど仮設に通うことになった
正月まであと五日ほど クレパスには大学生・高校生のボランティアもニ・三人いて子
どもたちと戯れていた
「自分が別にいる必要ないな」彼ら大学生・高校生のボランティアを入口から覗いて見
て思った 公園に行こう
自分は誰かに許可を貰ってあそこにいたわけじゃない ボランティア登録したり NPO
法人に登録したり普通は他のボランティア連中から疎まれたりするもんだと思うが 子ども
たちのおかげである 中年一歩手前の男を信頼してくれて戯れてくれた ボランティア連中
も警戒感を捨ててくれた ただ一人だけ責任者という奴が生意気だった 責任感でわたしに
偉そうにするならかまわない頭も下げるし一目もおこう ただボランティアの責任者になって
ただ偉そにしたいだけじゃねーか
その日のボランティア活動が終わると ミーティングが始まると聞いていた 子どもたちの話
が始まったと思ったらケラケラ笑いながらの噂話の域をでないものであった お菓子の類やお
茶があったかどうかは忘れたがレクリエーションである全くのボランティアのためのレクリエー
ションである 箱や設備はもったいないくらいのモノを用意してもらってる 幻滅した
別に緊張感漂い笑いもないそんなことまでは欲してない 傷を負ってきた子どもたちが多い
もっと今日の子どもたちについて話し合いが出来たろうに 理解の範疇を超えていた
お茶もお菓子もあっていいチョット考えれば解るだろうにそれこそ子どもじゃないんだから
自分はそんなに活動してないしボランティア事情に詳しくはないだから偉そうにモノを言えた
義理ではない でも庶民間隔でこれはチョット違うだろうぐらいの感覚はある
でもこれはほんの一例に過ぎない きちんとしたボランティア活動をされている方も沢山いる
に